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召喚の環(サークル)

第1章

第1節 ローヴァル境界

第1章

第1節 ローヴァル境界

 灰色の空は、まだ夜の名残を引きずっていた。

 雲は低く垂れ込め、遠くで雷鳴が小さく唸っている。

 アゼリアとレインは、崩れた神殿跡を離れ、第一環の門――《ローヴァル境界》を目指して歩き続けていた。

 平原は荒涼として、草一本すら生えていない。

 足元には、砕けた黒い石と、かつて道であったらしい敷石の名残が続いている。

 風は冷たく乾き、頬を切るようだったが、その中に微かに鉄の匂いが混じっていた。

 「……あれが境界の匂いか?」

 レインが呟くと、アゼリアは横目で彼を見た。

 「気づいたのなら、悪くない。普通の旅人なら気づく前に引き返す」

 平原の向こうに、黒鉄の影がぼんやりと浮かび上がってきた。

 距離はまだあるが、その威容は空気を押し潰すような圧を放っている。

 門は大地に根を下ろした山のように巨大で、中央には複雑な環の文様が彫り込まれていた。

 その溝の奥で、淡い金色の光が脈打っているのが見える。

 近づくたびに、空気は重くなり、鼓動がわずかに乱れる。

 レインは無意識に右腕を押さえた。そこに宿る火星の力が、何かに反応しているのを感じた。

 「……歓迎されてはいないな」

 「当然だ。あれは通すべき者と拒む者を選ぶ」

 アゼリアは淡々と答えたが、その視線は鋭く門を測っている。

 やがて、二人は門の手前にある半円形の広場に辿り着いた。

 黒い石で敷き詰められたその場所は、不自然なほど整っており、まるで誰かが長く守り続けてきたかのようだった。

 中央には、円環を模した浅い彫り込みがあり、その縁には古い文字が刻まれている。

 レインは屈み込み、その文字をなぞった。

 「……『記録なき者、ここに至らず』……か?」

 その瞬間、地面の下から低い唸りが響いた。

 アゼリアが即座に外套の下の武器に手を掛ける。

 「来るぞ――まだ姿は見せないが、門の守護者だ」

 広場の縁に沿って、淡い光の線が走る。

 それはゆっくりと形を変え、やがて半透明の円環を形作った。

 中から漂う気配は、獣とも人ともつかぬ、不穏で古いもの。

 レインは右腕の感覚を確かめるように拳を握りしめた。

 「越えるには……あれを相手にするしかないのか?」

 アゼリアはわずかに頷いた。

 「戦うだけじゃない。門は力だけで開かない――“証”を見せる必要がある」

 風が一層強まり、黒鉄の門の向こうから雷鳴が轟いた。

 空気はさらに重く、冷たくなる。

 二人はその中心で、近づきつつある試練を静かに待った。