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召喚の環(サークル)

第1章

第4節 残響の影

第1章

第4節 残響の影

石造りの回廊を抜け出すと、視界は一気に開け、灰色の空の下へと戻っていた。

先ほどまで身体を包んでいた境界の圧力は消え、風の冷たさがやけに現実的に感じられる。

だが、その空気の奥底には、確かに“あちら側”から持ち帰った残響が混じっていた。

レインは額の汗を拭いながら振り返る。

崩れた神殿の門は相変わらず沈黙を守っているが、そこから立ちのぼる影は微かに蠢き、まだ何かを見下ろしているかのようだった。

「……終わったのか?」

低い声で問う彼に、アゼリアは慎重に杖を握り直し、瞳を細める。

「いいえ、これは“始まり”よ。

 あの声が言ったでしょう。“第二の鍵は東の森に眠る”と。」

声。

たしかに境界の中心で、雷鳴にも似た響きが彼らの耳を打った。

あれは守護者の残滓なのか、それとも門そのものの意思なのか――。

レインは、まだ耳の奥に残るその振動を振り払うように首を振る。

「……東の森、か。

 どれほどの距離か見当もつかないが、進むしかない。」

二人は神殿跡を後にした。

平原を渡る風は強さを増し、草の海がざわめいている。

そのざわめきはまるで何百もの囁き声が一斉に追いかけてくるようで、レインの背筋を冷やした。

やがて空模様が急激に変わった。

黒雲が南から押し寄せ、日を覆い隠す。

荒天の前触れ――だが、それ以上に、空そのものが「怒り」を帯びているように思える。

アゼリアが足を止め、天を仰いだ。

「境界の気配がまだ漂っている……。

 門を閉じたつもりでも、完全ではなかったのかもしれない。」

「それなら、俺たちは災厄を解き放ったということか?」

レインの声には苛立ちが混じった。

彼の胸奥に宿る“炎”が反応しているのか、右腕が熱を帯び始める。

「まだ断じるのは早いわ。

 ただ、この空の乱れは……呼応だと思う。」

「呼応?」

アゼリアは短く頷く。

「“環”はひとつではない。

 ひとつが動けば、遠く離れた環もざわめく。

 境界を開き、鍵を手にした。それに応じて、他の環も目覚め始めたのよ。」

レインは沈黙した。

彼には学者のような理屈は理解できない。だが、胸の奥で何かがざわめいているのを否定できなかった。

自分が力を欲したその瞬間から、世界の均衡はわずかに傾いてしまったのかもしれない――。

日が沈む前に森の端へと辿り着くつもりだったが、荒れる風と空の重みが行く手を阻む。

やがて遠雷が轟き、地平線の向こうに一瞬、巨大な影がよぎった。

「……見たか?」

レインは剣の柄に手をかけた。

「ええ。あれは……翼。だとすれば、ただの獣ではない。」

二人は互いに目を見交わす。

緊張が走る中、空はさらに暗さを増し、稲光が灰色の大地を切り裂いた。

その光の一瞬、森の影の奥で無数の眼が光ったように見えた。

アゼリアの唇がかすかに震え、低く呟く。

「“第二の鍵”を求めて動いているのは、私たちだけじゃない……。」

雷鳴に掻き消されながらも、その言葉は確かにレインの胸に突き刺さった。

炎の宿命を背負う彼の内側で、熱が強まっていく。

東の森に待つものは、鍵か、災いか。

風が、再び二人の背を押した。

進まなければならない。

――たとえ、その先に待つのが闇であろうとも。